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静かな夜

Captain Ernest Smith ――アウネスト?スミス船長は、赤ら顔に白い三角髯の、年とった「海の頑固者」だった。沈没の瞬間まで船橋 ブリッジ に立っていた。海中に投げ出されて、ふと見るとすこし向うに赤ん坊が浮かんでいる。船長は泳ぎ寄って赤ん坊を差上げ、手近の救命艇へ急いで其の小さな遭難者をボウトの中へ入れた。 「船長 キャプテン !」ボウトの人は口ぐちに叫んだ。「このボウトへお上んなさい! 
まだ一人ぐらい大丈夫です」  濡れた白髪を振って船長が答えた。 「いや、私はあの板の破片へ掴まろう」  そして水を蹴って泳ぎ去った。これがタイタニック船長アウネスト?スミス氏の生きて見られた最後だった。  まるで壜のコルク栓をばら撒いたように、溺死体が海面を埋めて漂っているのを、四月十五日の暁の光が淡く照らしはじめた。死者の或るものはボウトの縁をしっかり掴んで、死んでも放さなかった。爪が、塗料を被 き たサイドの板にめり込んでいた。非常な力を宿した儘死んでいる指を一本ずつ開いて、屍骸を取り離すのが大変だった。  数時間後に、最初の救助船カルパセア号が現場に到着した。「水平線にぽっちり灯りが見えたのです」レディ?ダフ?ゴルドンは語る。「ボウトは緑色のライトを点けた先頭の一隻に従って、何時の間にか一列縦隊を作っていました。水平線上に救助船が現れたことは、先のボウトから順々に歓声が伝わって来て判ったのでした。カルパセアも周章てていたのでしょうが、その救助の仕方は極めて荒っぽいものでした。海は静かでしたが、何しろ近くに氷山があるので非道い寒さですし、それに高い舷側から小さな板に綱をつけて下ろして、一人ずつそれに掴まって引っ張り上げられるのですから、私など恐怖と寒気と眩暈のために、引揚げの途中で死にそうでした」  この救命艇からカルパセア号へ引き上げる時、四人の人が誤まって墜落溺死した。  一週間程して、三つの屍骸を載せたボウトが発見された。その内一人は、鎖で足を座板に結び付けられていた。三人は飢えと渇きのために死んだのだ。一人は苦しさの余り海水を飲もうとしたか、或いは、発狂して海へ飛び込もうとして、他の二人が足を結びつけたものであろう。そういう危険を予知して、自分でしたのかも知れない。三人の口中に浮標 ブイ 用のコルクの断片や帆布の切れが噛み砕かれてあった。餓死の苦しみに際して手当り次第に口に入れたに相違ない。結婚指輪が二つ、ボウトの底に転がっていた。  浮かんでいた屍体の中には、爪の跡や擦り傷を一ぱいに見せて、生きんがため如何に足掻いたかを語っているのも尠くなかったが、多くは、醜くない静かな死を死んでいて、一層泪を唆った。二つになる子供が顔を上に潮に乗って流れていた。これだけが救命帯を着けていない唯一の屍骸だった。  この恐怖の夜の思い出は生存者が生きている限り如実に伝えられる。海難と言えば誰しも先ずタイタニック号事件を頭に上すのだ。富豪のジョン?ジャコブ?アスタアとM?T?ステッドの両氏は、沈没後暫らく筏に乗っているのを見たという者があるが、間もなく凍死して浪に呑まれたのだろう。死体は揚らなかった。
 一九一二年四月十四日午後十一時四十分、タイタニック号は大西洋で氷山に衝突した。二時間四十分後に沈んだ。
 白星会社 ホワイト?スター?ライン が世界に誇った当時最大の、一番贅沢な客船だった。総噸数四万六千三百二十八噸、甲板の延長五哩、建造費百五十万磅。  処女航海である。船客二千二百一人。この内救助されたもの僅かに七百十一人。救命艇はやっと七百七十八人を収容し得る隻数しか備え付けてなかった。四百十五人の婦人客のうち三百十六人救われ、百九人の子供の内五十二人溺死している。  貴族、富豪、名士を満載していた。速力、安全、華美、確実、凡ゆる点で最優秀船、海運界の一大進歩、「断じて沈まない船」とされていたタイタニック号だ。それが皮肉な一撃で玉子の殻のように穴があいて海底へ急いだのだ。 「タイタニックは神様の悪戯だった」  こんな言葉が流行った。  その夜の海水の冷たかったことと言ったら、大概の人が水へ這入ると同時に心臓の鼓動が止まった位いである。溺死するより先に皆凍死していた。  この運命を静かに受取った人もある。敢然として死に面した者も尠くなかった。が、多くは互いに争った。獣類のように争った。汽缶の爆破で一片の肉も止めずに飛散した人、下の救命艇へ跳び込もうとして、ボウトの縁へ打っつけたり、海へ落ちたりした者――中には女子供を押し退けて先にボウトへ乗ろうとして、射殺されたのもある。  その何れも死ななくて宜かったのだ。皆助かる筈だった。救命艇さえ規定通りに充分積んでいたら――実にこのタイタニック号事件は、不注意と不熟練に因る大惨劇、世界の航海史に残した拭うことの出来ない大きな汚点だと言われている。ニューバランス ランニングシューズ平時に於て大洋で行われた最も愚鈍な椿事だった。
 暗い、寒い、静かな夜だ。  クリスマス?トリーのように星が輝いて、空気に、凛烈な寒さが走っている。  世界第一の巨船タイタニック号、百五十万磅の「浮かべる宮殿 フロウテング?パラス 」は、船首から船尾まで雛段のように灯りを連ねて、この寒星の下、亜米利加を指して大西洋の白波を蹴りつつある。  食堂は例によってリッツ Ritz ――である。晩餐はすっかり済んで、多くの人々は寝台にいる。カアド室には、デナア?ジャケツの紳士達がポウカアに余念もない。電燈の薄暗い三等室には、トランシルヴァニア、モラヴィア、ヘルツェゴヴィア、ポドリア、シュワビア、カアランドなどという、聞いたこともない中世紀的な欧羅巴の隅々から、新大陸に憧憬れて亜米利加へ出稼ぎに行く移民の女達が、子供の寝顔を見守って物思いに耽っていた。まだ見ない紐育の夢――何んなに新しい、素晴らしい生活が自分たちの前に展がって往くことだろう。亜米利加は、殊に紐育は、黄金の街だと聞いている。亜米利加へ上陸さえすれば、この親代々の貧乏と縁が切れるのだ。この児たちも、米国の市民として、夫れぞれ幸福な生涯を開拓して行くであろう――。
 突如往手に、白い高いものが闇黒に浮く。直ぐ近いところである。氷山だ。船中の警戒の鈴 ベル が鳴り響いて、命令の声々が慌しく飛び交す。機関の音が調子を低めた。船は急ぎ進路 コース をかえて――と、その時、右舷の叱水線下に、ずずずずずんと重く鈍い、引っ掻くような衝激が伝わった。この一接触で、タイタニックは既に、横に長く船腹の鉄板を裂かれて致命傷を受けたのである。
 が、その瞬間の震動 ショック は、決して激しいものではなかった。大部分の人は、知らずに眠っていた。眼を覚ました連中は、ドレッシング?ガウンを引っ掛けて甲板へ出て見た。船は停まっている。甲板では、皆わいわい冗談を言い合って、誰も何の恐怖も感じなかった。若しこの時早くも最悪の場合を予想し得た人があったとすれば、それはスミス船長と二、三の高級船員だけだったろう。  甲板の廊下に水が見えて来た。 「救命帯をお着け下さい! 救命帯をお着け下さい!  http://www.newbalancejptop.com/大至急救命帯を着けて甲板の所定の場処へお集まり下さい!」  船員たちが大声に呼ばわって駈け廻っている。人々の顔は一度に白くなった。顫える指でライフ?ベルトをつけて、各自定められた甲板の位置に並ぶ。  船室にいた人は、ドレッシング?テイブルの上の物が辷り落ちたので、何時の間にか船が、意外な角度にまで傾斜し出したのを知った。救命艇は下ろされた。ここらまで、凡べては静粛に行なわれた――兎に角、そうは言われているのだが、或る生存者の談によると、理性を失った船客の群が最後のボウトに殺到して大乱闘になり、三人の伊太利人が射殺されたとある。しかしこの説に依ると、老船長アウネスト?スミス氏も船橋 ブリッジ で自殺したことになっているが、これは全然誤りである。
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