餅もちは円形まるきが普通なみなるわざと三角にひねりて客の目を惹ひかんと企たくみしようなれど実は餡あんをつつむに手数てすうのかからぬ工夫不思議にあたりて、三角餅の名いつしかその近在に広まり、この茶店ちゃやの小さいに似合わぬ繁盛はんじょう、しかし餅ばかりでは上戸じょうごが困るとの若連中わかれんじゅうの勧告すすめもありて、何はなくとも地酒じざけ一杯飲めるようにせしはツイ近ごろの事なりと。
戸数こすう五百に足らぬ一筋町の東の外はずれに石橋あり、それを渡れば商家あきんとやでもなく百姓家でもない藁葺わらぶき屋根の左右両側りょうそくに建ち並ぶこと一丁ばかり、そこに八幡宮はちまんぐうありて、その鳥居とりいの前からが片側町かたかわまち、三角餅の茶店ちゃやはこの外れにあるなり。前は青田、青田が尽きて塩浜、堤高くして海面うみづらこそ見えね、間近き沖には大島小島の趣も備わりて、まず眺望ながめには乏しからぬ好地位を占むるがこの店繁盛の一理由なるべし。それに町の出口入り口なれば村の者にも町の者にも、旅の者にも一休息ひとやすみ腰を下おろすに下ろしよく、ちょっと一ぷくが一杯となり、章魚たこの足を肴さかなに一本倒せばそのまま横になりたく、置座おきざの半分遠慮しながら窮屈そうに寝ころんで前後正体なき、ありうちの事ぞかし。
プロフィール
カテゴリー
最新記事
P R