色青く光ある蛇、おびたゞしく棲めればとて、里人は近よらず。其その野社のやしろは、片眼の盲ひたる翁ありて、昔より斉眉かしずけり。
其その片眼を失ひし時一たび見たりと言ふ、几帳の蔭に黒髪のたけなりし、それぞ神なるべき。
ちかきころ水無月中旬、二十日余り照り続きたる、けふ日ざかりの、鼓子花ひるがおさへ草いきれに色褪せて、砂も、石も、きら/\と光を帯びて、松の老木おいきの梢より、糸を乱せる如き薄き煙の立ちのぼるは、木精こだまとか言ふものならむ。おぼろ/\と霞むまで、暑き日の静さは夜半にも増して、眼もあてられざる野の細道を、十歳とおばかりの美少年の、尻を端折はしより、竹の子笠被りたるが、跣足はだしにて、
「氷や、氷や。」
と呼びもて来つ。其より市に行かんとするなり。氷は筵包むしろづつみにして天秤に釣したる、其片端には、手ごろの石を藁縄わらなわもて結びかけしが、重きもの荷ひたる、力なき身体のよろめく毎に、石は、ふらゝこの如くはずみて揺れつ。
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