忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

犯人

列車妨害という行為は本質的に反労働者的であり、反人民的である。ソヴェト同盟で列車妨害は反革命陰謀者たちが主要な一環として実行した挑発行為であった。

 九州でダイナマイトを仕かけた事件は写真入りで報道された。しかし犯人も出なければそのダイナマイトというものが果して本当に爆発するものであったかなかったかさえ公表されなかった。記事は世間に不安なセンセーションをおこし反共の役を演じたままヤミに葬られた。その前後に十五歳になる少年数名が列車妨害で捕えられ、またこれもウヤムヤにひっこめられた。十五歳ぐらいの不良少年がチャリンコ適齢期であり、親分子分、兄貴とのつきあいを知っていることは、こんにちの日本の世相では周知の事実である。反対に十三歳より十五歳の少年たちが列車妨害を発見した一例があった。これとそれとを考えあわせれば、十五歳の少年団の列車妨害はただのいたずら心といいきれるだろうか。列車妨害で一人の共産党員と自称する男がつかまったと報じられた。これはデマとして大した利用価値はなかったようだ。

PR

悪夢

 私は時々、変梃な気持になることがある。脾肉の歎に堪えないと云ったような、むずむずした凶悪な風が、心の底から吹き起ってくることがある。先ず第一に、或る漠然とした息苦しさを覚える。何もかもつまらなくなる。会社の下っ端に雇われて、毎日午前九時から、午後四時まで、時には六時過ぎまで、無意味な数字を、算盤そろばんでひねくりまわしたり、帳簿に記入したり、そしてその間には、自分の用でもない電話をかけさせたり、ぺこぺこお辞儀をしたり、まるで機械のようになって働いて、頭と身体とを擦りへらしてしまい、そして満員の電車でもまれて、下宿に帰って、飯を食い湯にでもはいると、もう何をする気力もなく、冷たい煎餅布団にくるまって、ぼんやり寝てしまうの外はない。而もそういう生活から得らるる金と云ったら、僅かに六十円しかないので、日曜日がまわってきても、愉快な気晴しをする余裕はとてもなく、寝坊と夢想と散歩と活動写真くらいで、一日ぐずぐずに送ってしまう。一体何のために自分は生きてるのか? それを思うと、もう何もかも、自分自身も世の中も、つくづく嫌になってくる。そして一番いけないのは、こういう生活が、毎日同じように、際限もなく、末の見込や希望が一つもなく、ただだらしなく繰返されることである。そんなことを考えまわすと、息が苦しくなってきて、今にも窒息しそうな気持さえする。このままで年を取っていったらどうなるのか? 

朝の風

 そのあたりには、明治時代から赤煉瓦の高塀がとりまわされていて、独特な東京の町の一隅の空気をかたちづくっていた。

 本郷というと、お七が火をつけた寺などもあるのだが全体の感じは明るい。それが巣鴨となると、つい隣りだのに、からりとした感じは何となく町に薄暗い隈の澱んだところのある気分にかわって、実際家並の灯かげも一層地べたに近いものとなった。兵営ともちがう赤煉瓦のそんな高塀は、折々見かける柿色木綿の筒袖股引の男たちの地下足袋と一緒に、ごたごたした縞や模様ものを着て暮している老若男女の生活に、一種の感じのある存在で、馴れながら馴れきれないその間の空気が、独特の雰囲気を醸してその町すじに漂っていた。
 大震災の後は市中の様子が大分変った。この町のあたりも、新市内に編入されると同時に市区改正がはじまって、池袋から飛鳥山をめぐって日暮里の方へ開通するアスファルト道路やそれと交叉して大塚と板橋間を縦断する十二間道路がついたりして、面目が一新した。

足跡

 冬の長い国のことで、物蔭にはまだ雪が残つて居り、村端むらはづれの溝に芹せりの葉一片ひとつ青あをんではゐないが、晴れた空はそことなく霞んで、雪消ゆきげの路の泥濘ぬかるみの処々乾きかゝつた上を、春めいた風が薄ら温かく吹いてゐた。それは明治四十年四月一日のことであつた。

 新学年始業式の日なので、S村尋常高等小学校の代用教員、千早健ちはやたけしは、平生より少し早目に出勤した。白墨チヨオクの粉に汚れた木綿の紋付に、裾の擦切れた長目の袴を穿いて、クリ/\した三分刈の頭に帽子も冠らず――渠かれは帽子も有もつてゐなかつた。――亭乎すらりとした体を真直まつすぐにして玄関から上つて行くと、早出の生徒は、毎朝、控所の彼方此方かなたこなたから駆けて来て、敬うやうやしく渠を迎へる。中には態々わざわざ渠に叩頭おじぎをする許ばつかりに、其処に待つてゐるのもあつた。その朝は殊に其数が多かつた。平生へいぜいの三倍も四倍も……遅刻勝がちな成績できの悪い児の顔さへ其中に交つてゐた。健は直ぐ、其等の心々に溢れてゐる進級の喜悦よろこびを想うた。そして、何がなく心が曇つた。
 渠はその朝解職願を懐にしてゐた。

紫陽花

 色青く光ある蛇、おびたゞしく棲めればとて、里人は近よらず。其その野社のやしろは、片眼の盲ひたる翁ありて、昔より斉眉かしずけり。

 其その片眼を失ひし時一たび見たりと言ふ、几帳の蔭に黒髪のたけなりし、それぞ神なるべき。
 ちかきころ水無月中旬、二十日余り照り続きたる、けふ日ざかりの、鼓子花ひるがおさへ草いきれに色褪せて、砂も、石も、きら/\と光を帯びて、松の老木おいきの梢より、糸を乱せる如き薄き煙の立ちのぼるは、木精こだまとか言ふものならむ。おぼろ/\と霞むまで、暑き日の静さは夜半にも増して、眼もあてられざる野の細道を、十歳とおばかりの美少年の、尻を端折はしより、竹の子笠被りたるが、跣足はだしにて、
「氷や、氷や。」
 と呼びもて来つ。其より市に行かんとするなり。氷は筵包むしろづつみにして天秤に釣したる、其片端には、手ごろの石を藁縄わらなわもて結びかけしが、重きもの荷ひたる、力なき身体のよろめく毎に、石は、ふらゝこの如くはずみて揺れつ。

プロフィール

HN:
No Name Ninja
性別:
非公開

カテゴリー

P R