彼女はやゝともすると、こんなことを叫んで手あたり次第にあたりの物品を投げ散らかせた。――彼女が、こんな叫び声をあげると服部君は有無なく沈黙してしまつた。いつも彼女は、髪は蓬々としてゐて、顔色は蒼黄色く、そして顔だちだつて頤が尖つて、眼も鼻も寧ろ小憎らしい程殺風景で見るからに貧相だつた。こんな貧弱な婦人に、どうしてそんなに立派な人達とかゞ甘言を寄せたものか? と、しば/\森野は不思議に感じたが、亭主の服部君がまた彼女の言をそのまゝ信じてゐるらしく、
「うちの女房は、去年まで銀座の或る有名なカフェの女給でしてね――」
などゝやゝともすると森野に向つて、さも/\得意さうにやにさがつてゐた。そして彼女が、そのころどんなに花やかな人気者であつたかといふことを、あれこれと仔細な引例を挙げて吹聴するのが服部君の癖だつたが、森野はその言を信じないわけでもないのだが、あの貧弱な婦人が「どうして、そんなに――?」と首を傾げずには居られなかつた。
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