町から、何処に居ても山が見える。その山には三月の雪があった。――山の下の小さい町々の通りは、雪溶けの上へ五色の千代紙を剪りこまざいて散らしたようであった。製糸工場が休みで、数百の若い工女がその日は寄宿舎から町へぶちまけられた。娘、娘、娘、素朴でつよい百日草のような頬の娘達が、三人ずつ、五人ずつ到るところに動いて居る。共同温泉が坂のつき当りにパノラマ館のようなペンキの色で立って居た。入口のところで、久しぶりに悠ゆっくり湯で遊んで来た一人の小娘が、両膝の間でちょっと風呂敷包を挾んだ姿で余念なく洗髪に櫛を通して居た。髪はまだ濡れて重い。通りよい櫛の歯とあたたかそうな湯上りの耳朶を早い春の風が掠める。……空気全体、若い、自由を愉しむ足並みで響いて居るようであった。今日は書き入れ日だ! プーウ、プカプカ、ドン、プーウ。活動写真館の音楽隊は、太鼓、クラリネットを物干しまで持ち出し、下をぞろぞろ通る娘たちを瞰下しつつ、何進行曲か、神様ばかり御承知の曲を晴れた空まで吹きあげた。
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